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人生に迷う君へ、情熱とアホとポジティブを。

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人に悪口を言われるような「キチガイ」人間でありたい。

 

アイツは仕事ができない。会社のお荷物だ。

アイツは本当に自分のことしか考えていない。

アイツはいつも俺のことを無視する。

 

そんな言葉をよく耳にする。

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誰かに対する負のオーラが込められた言葉は、聞いていて気持ち良くない。

何よりテンションが下がる。

 

でも、それを言う側からすれば、楽しくて仕方がない。

 

人の悪口は共感を生みやすい。

人を否定することで自分が正しいと思いたい。

 

その根幹には、「皆と一緒である」ことに対する強力な安心感がある。

 

 

だから、人に悪口を言われるような人間は

良い意味でも悪い意味でも、自分を貫いて生きている。

 

僕はそう思う。

 

逆に、人に悪口を言われたこともないような人間は、

他人の目線ばかりを気にして、自分になりきれていないんじゃないかと思う。

 

人が個性的なのは当たり前。

どんな人間でもある意味「キチガイ」な部分は必ずある。

 

だから僕は「キチガイ」でありたいし、そんな人が好きだ。

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人と違うことをするべきだ、というのではない。

人との違い(人と同じであるかそうでないか)に価値を置くのではなく

自分であるということに自信と誇りをもって生きていればそれでいい。

 

自分であればあるほど、個性が表出されるから

周りから見れば異質なものとして捉えられるのは避けられない。

 

その異質性こそが他者からの批判を生み出す源泉となるのである。

一方で、異質性は世界を変えうる強力なエネルギーを生み出す可能性を秘めている。

 

そんな人間と生きていたい。

 

 

ノンスタイルの井上さんは、こう語る。

好きの反対は嫌いではない。無関心である。

無関心の状態から自分に興味を持ってもらうのは難しい。

だったら先に嫌われてしまえばいい。好きと嫌いは紙一重だから。

 

人に悪口を言われたら、堂々と喜べば良い。

 

それが自分であることの一つの証だから。

だから僕は「キチガイ」でありたい。

 

 

そう思って生きています。

 

 

ダイナでした。