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人生に迷う君へ、情熱とアホとポジティブを。

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3.11から6年。この世界に必要なのは、人々の祈りだ。

人生論 社会を斬る

2011年3月11日。

 

崩れてゆく街並み。

襲い来る津波。

 

壊れてゆく世界が突如スクリーンの中に映し出された。

 

泣き叫ぶ人々。

悲しみにくれる人々。

愛する人の帰りを待ち続ける人々。

 

祈りを捧げる人々。

被災地へ駆けつける人々。

寄付や支援物資で少しでも被災者のために行動する人々。

 

数えきれない想いが、感情が、交錯し、日本中を駆け巡った。

 

 

当時僕は。

父親を失ってから数か月。

失意の中でそれは起こった。

 

ただテレビの中を茫然と見つめていた。

 

その光景は、どこか遠く。

子どもの頃に見た、おとぎ話の世界のようで。

 

何もすることができなかった。

何も考えることができなかった。

何も感じることができなかった。

 

失うことの悲しみはその人にしか分からない。

突然父親を失った僕の悲しみが誰にも分からないのと同じように。

 

例えば、被災した人々に対して。

自分が祈りを捧げたところで何の意味があるのだろうか。

 

どこにも届くことのない想い。

それを抱くこと自体が偽善のように思えてならなかった。

 

僕にできることは何もない。

 

そんなことを考えていた。

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6年が過ぎた。

 

悲しみは、苦しみは、どこか遠く。

形あるのものは修復され、何事もなかったかのような佇まいが姿を現す。

 

人々の心にぽっかりと空いた穴は、埋まらない。

僕の心にぽっかりと空いた穴も、埋まらない。

 

世界は回る。

 

人々の感情を置き去りにして。

 

色を失った街。

 

変わりゆく景色が、変わらない日々が。

どこまでも無機質で、冷たい。

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2017年3月11日

東京都。日比谷公園。

 

Peace On Earth.

東日本大震災で亡くなった人々を追悼するとともに、3.11を未来へと歩いていくきっかけにする。

そんな想いで集まった人々が、毎年この場所で祈りを捧げている。

 

その時が近づくにつれ、

どこからともなく人々がやってきた。

 

目に涙を浮かべている人。

空を見上げている人。

唇をかみしめてどこか遠くを見つめている人。

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ああ、そうだったのか。

この6年間、こんなにも迷い、苦しみ、悲しみ。

様々な思いを抱きながらも、一歩一歩人生を歩んでいる人々が。

こんなにも多くの人々がいる。

 

 

モノクロームの中に閉じ込められていた。

人々の感情がそこにはあった。

 

 

人は、悲しむために生まれて来たのかもしれない。

 

人は、生まれた瞬間から死への道のりを一歩ずつ歩いている。

愛する人の死を経験しない人間は決していない。

 

悲しみが、人と人を繋ぐ。

そこに、生きていく力が生まれる。

 

そう考えれば、ただ祈ることにも意味があるのかもしれない。

 

 

午後2時46分18秒。

僕は6年目にして初めて、黙祷を捧げた。

 

 

 

3.11

苦しみながら。悲しみながら。

あの日から歩いてきた、それぞれの6年間が交錯した。

そんな気がした。

 

悲しみがあるから、喜びがある。

苦しみがあるから、楽しみがある。

 

 

国、政治、宗教。

得体の知れない大きな力が、僕らを支配している。

それは人のためではく、存在するが故に存在している。

 

得体の知れない力が生み出すモノクロームの世界。

感情が、心が、置き去りにされてゆく。

 

もっと、人が感情を共有し合える世界になればいい。

 

 

この世界に必要なのは、人々の祈りだ。

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父親を亡くしたあの日。

そして、3.11を胸に抱いて。

 

生きよう。

それでいい、ただそれで。

 

 

この世界に、彩りと暖かさを。